書道普及協会 会長プロフィール
|
||||||||||||||||||||||||||||||
| 現在までの道のり |
|
| 小学校1〜6年 | 近所の教室で習字を勉強する 「おばあちゃんになったら習字の先生になる」と決意 |
| 高校時代 | 「習字の先生=おばあちゃん」のイメージがこびりついていた私は、習字への想いを老後までお預けに。 恋愛相談好きが功を奏して(?)カウンセラーに興味が湧き、東北学院大学教養学部を受験・合格。が、就職率の良さに惑わされ経済学部を選んでしまう。そして2年後バブル崩壊。 バブリ〜な生活を一度も味わえなかった悔しさは今も残る。 |
| 大学3〜4年 | 女子大生、氷河期の中で就職活動張り切る!・・・ものの、木っ端微塵。 「女の子はおとなしく山形へ帰って親孝行しなさい」大卒女子は嫌われ者だった。 この時「女は手に職を持たねば社会に生き残れない!」と確信。 やはり私にはカウンセラーしかない!そして上京、ひとまず就職。 |
| 社会人1年目 | まずは「産業カウンセラー」取得。 私の人生、順風満帆!と思っていた。→勘違い |
| 第2の大学生活 | 引き続き産業カウンセラーの勉強をするものの、かなり狭き門。資格があるからと言って仕事があるわけではないという当たり前のことに気付く。 ならばカウンセラーの王道「臨床心理士」になろうと青山学院大学文学部二部教育学科へ編入。 |
| 夢分析を十八番にしてカウンセラーになる!心意気は一人前。 が、ちょっとした事件があり、またもや挫折&留年。 大学院への推薦状を手に入れることが出来ず、カウンセラーへの道は一時休憩。 ・・・ふと昔の夢を思い出し「もともと好きだった書道を勉強してみよう」書道専門学校に入学。お稽古事というより、修行生活。先生方・先輩方の気力と勢いに影響を受ける。 |
|
| 書道復活2年目 | なんと、東京書作展初出品で『文部大臣奨励賞・準大賞』を受賞。 |
| 夢だった師範を取得 「この資格こそモノにするぞ!」 横浜教室開講にはりきる!しかしゼロからのスタートは、やはりきつかった。 寒空の下でのポスティングで、赤ぎれと涙・・・。 |
|
| 書道復活3年目 | おばあちゃんになる前に夢が叶う!書道教室を横浜に開講する。 生まれて初めて「人に教える」ことを体験。手も声も震えてしまい大変だったが、子供たちに心が洗われる感動を味わう。 |
| 先生方のご指導の賜物により、東京書作展出品2度目にして内閣総理大臣賞を受賞。 いろんなことが中途半端だった人生に、やっと勢いが見えてきた。 |
|
| 書道教室開講2年目 | 書道講師の楽しさにハマり、約7年間のOL生活を卒業。麻布と自由が丘に教室を増設 同人展にて会長賞をいただく。そして、また奇跡。 展覧会始まって以来の3階級特進で審査会員に昇格 |
| 書道教室開講3年目 | 授業内容の充実を計るため自由が丘教室を麻布教室と統合。 書初め展にて初めて審査員を務める 東京書作展では出品4度目で審査会員に推挙していただきました |
| 書道教室開講4年目 | 競書審査会・児童部にて当番審査員となる |
| 2004年11月 | すべての書壇を離れ、フリーの身で活動を始めると共に、書道普及協会を設立 「自立できる書道家」の育成をめざし、私も勉強中! 修行生活はこれからが本番です! |
| 2007年1月 | 雅号を「翠玲」より「秀麗」へ改名 心機一転、さらに頑張ります! |
| 2007年9月 | 書道教室を始めて7年目。 一生この仕事を続ける意志を形にしようと、法人にしました。 社名はARTE ASPIRACION株式会社。ASPIRACIONは「志」という意味のスペイン語です。ARTEはART。志を楽しく創り上げて、夢を現実にするお手伝いをするという理念を社名にしました。 |
|
|
|
